【インタビュー】大企業でも最高の働き方ができる。

Posted by

今回インタビューさせていただいたのは、パナソニックで勤務してらっしゃる中村様です!!

 

 

 

このメディアとしては初めての「ビジネスパーソン」カテゴリに当てはまる記事になります!!

中村さんのような方がいれば、どこででも一緒に働きたいと本気で思ったということは、お先に申し上げておきます。(笑)

それではインタビュースタートです!

(中:中村さん、筆:筆者)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。これまでのご経歴からお願いします!」

 

「はい、1998年に立命館大学 理工学部 機械工学科に入学し、大学院卒業まで、立命には6年間在籍いました。んー、大学在学中にやっていたことといえば、焼肉屋でのバイト、サッカーサークル活動、そしてゲーム、くらいかなあ。

学部卒業後は大学院に進みたかったんだけど、いかんせん勉強ができなかった。事実、成績もめちゃくちゃ悪かったんだよ。

で、中学・高校はドイツで過ごしていたこともあって、立命館大学へは帰国子女枠で入っていて、日本での一般的な教育は受けていなかったから、状況は本当に悲惨でしたね。(笑)

ドイツではサッカーばかりしていたので。。

 

で、大学院入試試験には一般枠で受けて1回目は落ちちゃった。でも2回目の試験でなんとかギリギリで受かりましたね。ただ、合格したときの順位は一番下だったはず。(笑)

ただ、入ってからが大変だった。全然勉強ができなかったので、研究室で後輩がみんないる前で、教授に『お前はだめだ』みたいに言われたりして、めちゃくちゃ悔しかった。

だからかな、すごく劣等感みたいなものが強かった。普通の人ができることが、僕にはできなかったし。でも研究には地道にやって少しづつ認められていって、そこからのめり込んでいったんだよね。

 

大学院を卒業する頃には、研究室内で先輩から評価してもらっていて、『博士課程に行った方がいい』とも言っていただけたし、何よりその教授からも終わりには認めてもらえたので。

僕は地道にコツコツやるタイプなんだと思います。」

 

「すごい。。。ドラゴン桜みたいな話だ。。。」

 

「で、大学院の1年生の頃に松下電工という企業でインターンをしたんだよね。

そこで働いてる人がすごい良い人たちばかりで、そして職場の雰囲気的にも自分に合うかなと思ったので、卒業後はその松下電工で働くことになりました。

ただ、最初研究職を志望して入ったはずなのに、配属先はまったく違って、工場勤務だった。(笑)

しかも、希望していた大阪の門真本社(地名)勤務ではなく、三重県の伊勢工場。(笑)もう踏んだり蹴ったりな配属でしたね。」

 

「わー!俗に言う『配属リスク』っていうのがモロ出てきたんですね。。。」

 

「でも、配属が違ったからって拗ねて何もしないわけにもいかない。自分で希望しない場所に来る事はある意味貴重な機会なので、もう二度と来ないかもしれないので、こうなったらここで学べることはすべて学んでやろう、という気持ちで働き始めました。

ただ、ここでも大学時代と同じでビリスタート。(笑)

人が1時間かければ描ける図面が、僕には1日かけても描けなかった。ただ、ここでも地道に自分なりにガンバっていきました。

最初は『生産技術』という仕事だったんだけど、2年目で『品質改善』という仕事を担当することになりました。

ある商品の品質トラブル対応で、製造ラインの仕事に、新入社員を中心に若手が集められる事になりました。自分の部署では新入社員の後輩もいたのに、当時の上司から『いま異動させて困らないのはお前だ、すまん』と言われ。

そこの製造ラインの応援の仕事は3ヶ月間で、夜勤で派遣社員の方とも混じってシフトで働くような仕事でした。その仕事から元の『生産技術』に戻り、品質トラブルを改善するために、『品質改善』という仕事をやることになりました。そこでうまく結果を出して評価してもらうことができました。

 

どこが評価されたかというと、基本的に僕は『1個のことを綺麗にやれ』というタスクに関しては全くうまくできなかったわけです。でも、仕事ってその1個の仕事・1個の部署で完結することってないんですね。

いろんな部署でいろんな仕事があって、それらすべてが組み合わさって1つの仕事が出来上がるんです。例えて言うならば、大学の中の『学部』という存在がそれぞれ協力して、1つのアウトプットを生み出していく感じ。

何かを変えよう、何かを作ろうとするといろんな部署の人と会話していかないといけない。みんなそれぞれの立場があるので、普通は利害関係が一致しないものです。そんな中で、私がそういうまとめることが必要な仕事をすると、人より良い結果を出すことができました。そこで、『あ、自分はこういう仕事が得意なのか』と、気づきましたね。

すると、いろんな方からも認められるようになって、大阪本社の研究プロジェクトなどにも抜擢されるようになりました。その部署の上司が、インターン時代にお世話になった上司だったという偶然もありました。

ここでは『ムダなことは何もない』ということを実体験したね。実は今シリコンバレーにも2ヶ月に1、2回は行ってプロジェクトを進めているんだけど(後述)、そこにもこの経験は直結してきている。

多分その新卒で入った時の入り口がなければ、今の自分はなかったんだろうなと思ってます。」

 

「なんかめちゃくちゃ勇気付けられます。。『こんなことは意味ない』って思いがちだけど、そういう経験をされてきた方もいるんだから、がんばろうって素直に思えます。。。」

 

「で、働き続けていると、ヨーロッパのベンチャー企業との共同開発プロジェクトがあって、そこで英語ができたから通訳としてアサインされたんだよね。

で、通訳ってすべての情報を知ることができるよね?で、自分の強みと合わせて参加し続けていると、最終的にはそのプロジェクトのリーダーにもなってたんだ(笑)」

 

 

 

「偶発性あっぱれ。。。。」

 

「で、そのプロジェクトで開発していた商品をいよいよ量産しようという話になり、そのタイミングで、また三重県の伊勢工場へ戻りました。その時は商品の立ち上げをリーダーとしてやっていました。

そのタイミングで、当時自分が働いていた会社がパナソニックに吸収合併されることになりました。

それまでは自分が働いていた会社『従業員は絶対に解雇しない。売上は成長、営業利益も高い』っていう環境が、いきなり『社員がクビになる。超赤字になる』みたいな状況に様変わりしたわけ。

すると、同じ会社に属してはいたんだけど、まったく新しい会社に来たみたいな気持ちになったね。まるで見たこともない世界が広がった。カルチャーショックを受けた、と言ったほうが適切かな。

で、その時に『売れる商品を企画して、売上と利益を出さないとダメだな』と。それがきっかけで、その時は技術者だったんだけど、商品企画に行かせてくれと上司に頼みました。

が、ダメだと。お前には企画のスキルと経験はあるのか?技術者なんだからと。でもこれはすごくロジカルに説明されて、経験も何もなかったから、その時点では諦めました。

でも、『じゃあスキルがあればいいんでしょ』ということで、会社の業務で企画スキルを伸ばせないので、グロービスという社外のビジネススクールに自費で通い、学ぶ事にしました。名古屋まで通ってましたね。(笑)」

 

「ええ!?本気度が違いますね。。。」

 

中「すると、上司も『本気なんだな』ということで、1年半だけという条件で、企画に移してもらえることになりました。

その時はもう、自分は技術者だとは思ってなくて、パナソニックのリソースをすべて圧倒的に使いこなして、とにかく売れる商品を出しまくろうというマインドでしたね。

で、商品企画をやり始めて半年の2014年春に、いきなり『違う部署に移ってくれ』と。これまたいきなりですよ(笑)

そこで移ったのが『経営企画』という部署でした。経営企画には工場の生産技術の人間が来るところではなかったんです。

そして、移れと言われた時に『いつですか』と聞くと、『今日の昼だ、とにかく早く異動するように要望されているから』と。」

 

「いやいやいやいや。(笑)」

 

「これ実話です。(笑)で、その日のお昼にその部署にいって上司になる方にあいさつすると『お前誰や』と。」

 

「散々じゃないですか!!」

 

「多分、来ることはわかっていたけど、まさか僕が来るとは思ってなかったんでしょうね。(笑)

そこでも普通の人ができる仕事はできませんでした。ただ、部署間の対立を解消させる案を出したり、他の社員が考えないような企画を提案したりはしていました。経営企画の上司や先輩も、そんな長所の部分は認めてくれていた・・・と思います。(笑)

これまでいろんなところで経験を積んできたからだと思います。

経営企画の仕事を担当していましたが、自分の中でいまいちしっくり来ず、悩みながら働いていました。そんなある時にグロービスの仲間と軽い気持ちで朝日放送主催のABCハッカソンに参加しました。

結果的に、予選突破し、決勝でYahoo賞を受賞し、ハッカソン後も関西コレクション向けの新しいサービスを開発する、みたいな事をプライベートでやっていました。そのハッカソンのメンターに、東京のベンチャーのQUANTUMの井上さんと岸田さんというお二人がいて、ユーザーの事を考え抜いた商品企画の考え方に惹かれ、パナソニックの技術を組み合わせたいと閃きました。

その後、強引にアポを取り、自費で東京の彼らのオフィスに行き、自分のアイデアを彼らにとことん説明しました。最初は『お前だれだっけ?いたっけ?』という感じだったんですが、最後は意気投合してやる事が決まりました。それが2015年の夏頃です。

 

最初は経営企画の立場でそのプロジェクトを進めていましたが、どんどん進んでいき『アメリカに出しましょう』『もっとおっきくやりましょう』ということになってきた。

そして、後にその新規事業を僕が担当することになりました。まあここでも色々あったんですけど、それは秘密にしておきます。(笑)

で、今は晴れてパナソニックの新規事業の企画部門にいますと。そういった感じですね。」

 

「すごいです。他の人だったら『ふざんけんなー!I QUIT!!!(やめてやる!!)』なんて言いそうな場面でも地道にコツコツと努力してこられたということが、ものすごく伝わってきました。

ところで、先ほど話に出てきた『シリコンバレーでの仕事』では、どのようなことをやられているんですか?」

 

eny(エニー)というプロジェクトのリーダーをしています。これは、簡単にいうとIoT技術を駆使してあらゆるモノ、例えばドアや電気など、をボタン1つで操作できるようにするものです。

このプロジェクトは当時、それを実現する技術がうちにはあったんだけど、コンセプトを創る力がなかったので、そのコンセプトを創れるベンチャー企業と一緒に始めました。

社内でプロジェクトとしてベンチャー協業の事業開発を進める事が出来、SXSWという大きなイベントにもベンチャー協業でパナソニックとして初めて出展をして、シリコンバレーでハッカソンも主催し、『新創塾』という自由参加型の新規事業開発プログラムもスタートさせる事ができ、他にも色々あるのですが、現時点では当初やりたかったことはすべて実現でき、順調?に前に進められている感じかな。

個人的には、大手製造業の事業部門でのベンチャー企業の協業、しかもシリコンバレーの企業、っていうところが、あまり周りがやっていないことだと思っています。

事業をやっている『現場』から遠すぎるところで、打ち上げ花火的に、イベント的に、ベンチャー協業をやっているケースはよく見るのですが。事業を推進する部門でそれをやるのは、もの凄く意義がある事だと思っています。これを話すと長くなるので、それはまたの機会に(笑)

日本では『前例がないとやりづらい』という風潮があったりするんですね。そういった風潮なら、まずは自分がその前例を作ってやろう、成功させてやろうという気概でやっていますね。」

 

「へ〜、その企業を落としたのも中村さんご自身ですもんね。なんかなんでも出来ちゃう人っていうイメージです。。(笑)

それだけの実力がありながら、『起業』という選択はしないのですか?」

 

「実力よりも、周りの人たちに恵まれ過ぎているので出来ているのだと思います。その『運』だけは自信があります。起業の話に戻すと、『起業』はあくまで『手段』なんです。この環境でやりたいことがやれているなら、それが1番だと思います。

起業すると、簡単に言えば『主体者=自分の会社、リソース調達先=株主』という関係性になります。では、企業に属するとどうなるかというと、『主体者=自分、リソース調達先=上司や同僚』こういう関係性になるんですね。両者には大きな違いはありません。やってることは基本同じなんです。

だったら、僕の場合はこの会社の膨大なリソースをうまく使って、より大きな事業をどんどんやっていったほうが良いと判断しました。で、ベンチャーと協力すればいいと思っています。

起業する事は素晴らしいし、自分は経験した事がありませんが、『今自分がやっている事』は社会的に意義が大きいと考えています。

今やっていること、働き方も含めると、『新しい領域だな』と個人的には思っています。まだまだこういった働き方をしている人は少ないですし、先ほど言ったように、前例・ロールモデルを作っていきたいという思いもあります。

ただ、上司からは『お前みたいなのが増えたら困る』と言われたりしてますけど。(笑)

 

先日、『水曜どうでしょう』の藤村さんと一緒にあるセミナーに登壇登壇させてもらった時に、同じ会話をしましたが、『すげーわかる!』『結局、中村さんはズルいんだよな〜』と激しく同意してくれました(笑)」

 

「カッケーっす!!!(笑)でも本当にそうですよね、起業は手段、よく言われることですけど、結構起業自体が目的になってしまっているケースも多いですもんね。。。

 

ところで、中村さんの夢ってなんなんですか?」

 

「今は漠然とだけど、やりたい事業があって、それをパナソニックで出来たらベストかな。

人の心がもっと精神的に豊かになるような事業をしたいんです。物質的には豊かになっても、周りを見渡してみると、案外『最高に幸せです!』っていう人はあんまり多くないと思う。

共感できるというか、人と人が分かり合えるようなものをバリューとして提供できればなと思っていますね。

みんながハッピーになれればいいよね!!」

 

「なるほど。多分そこって今後10年20年先には間違いなく重要性が増してますよね。

ありがとうございます!では最後に、若者やビジネスパーソンの方に対してメッセージをお願いします!!」

 

「まず学生に対して。

やっぱり、学生の期間でいろんな人に会ったり、いろんなことをやってみることが大事。自分の場合はバイトだったり、サッカーだったり、ゲームだったり。もちろんそれらも経験になってはいるよ!ただ、もっといろんなことをしておいてもよかったなーと、今になって思うから、自戒の念を込めて、かな。

いろんな人と会ったり、いろんなことをやってみると、『あ、自分の好きなこと、自分の得意なことってこのへんかな?』っていうのが見えて来る。

自分の嫌いなこと、苦手だと思っていることをやってみるっていうのも良いアプローチだと思うなあ。

1番いけないのは、『やらなくて知らないこと』。つまり、やってもいないのに『自分はこれが嫌い、できない』と思い込んでしまうこと。

 

ビジネスパーソンの方に対して。

やっぱり、『失敗してしまった』ということがめちゃくちゃ気になることだと思うんです。

ただ、1回失敗したってどうってことないんです。僕は今アラフォーだけど、失敗とか全く気にならない。

『明日ブラジルでこれをやりたい!』という思いがあるなら、行っちゃえばいいと思う。

それを言っちゃいけない、そんなことは許されない、という空気があるのも知ってます。

でもそこで一歩踏み出さないと。そこで踏み出せないと、先に進めないんです。結局ちょっとずつ進んでいくしかない。だからこそ、怖くても一歩ずつ進むんだという気持ちを、みんなが持ってくれたらなと思ったりしています。

そういうことをやっていくと、僕みたいに面白いキャリアが拓かれたりしていきます。(笑)

努力すれば成功するとか、そんな綺麗な世界ではないですが、少なくとも可能性はあるわけです。ただ、努力してどんどん挑戦していけば、自分の範囲、閾値を超えていくことができます。ぜひそういったことを意識してみてほしいなと思います。

 

テクノロジーの進化を中心に、世界の変化は加速していきます。未来はきっと楽しいし、楽しめるようにしましょう。一緒にワクワクした未来を想像しながら、チャレンジをしましょう!!」

 

「中村さん、本日は本当にありがとうございました!!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

中村さんが担当されているプロジェクト「eny
https://www.quantum.ne.jp/eny/

パナソニックがインターン募集中です!
http://www.panasonic.com/jp/corporate/jobs/internship.html

中村さんのSNS
https://www.facebook.com/Yushi.NAK
https://www.linkedin.com/in/yushinak/

パナソニックさんの動画
https://www.youtube.com/watch?v=jovTJ8mUBdE&feature=youtu.be

*3月末までに、大阪にて中村さんをお呼びしたイベントを開催しようと考えています!ご興味のある方はぜひご連絡ください!

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です