【インタビュー】とりあえずやってみる。

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本日インタビューさせていただいたのは、立命館大学で英語教師として勤務してらっしゃる西条様です。

その内容、語り口から、これまでの大学教員像を良い意味で変えてくれる方です。(ちなみに、筆者は西条さんに授業を教えてもらったことがあります。笑)

 

 

 

それではインタビューをしていきましょう!!
(西:西条様、筆:筆者)

 

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「これまでのご経歴の紹介をお願いします!」

 

西「大学は外大に行ってたね。で、就職はとりあえず、好きなことができるところがいいなということで、中学校の先生になりました。

僕はもともとサッカーをやってきた人間なので、中学であれば部活でサッカーもできるなと。そして外大で英語をやっていたこともあり、英語も教えられる。そういうことで中学校の先生になりましたね。

本当は大学を出た後、海外の大学院に進みたかったんです。ただ、就職せずに大学院にいくと、教育などの勉強をしても机上の空論になってしまうなと。だったらまずは働いてみようということで、大学卒業後は就職するという選択をしました。」

 

「へえ〜、じゃあ中学教師から大学教師までエスカレーター的にいったんですか?」

 

西「それが、そんな簡単な話じゃないんだよ。(笑)

なんというか、その中学校に行ったのがターニングポイントになるんです。」

 

「ん!?」

 

西「実は、僕が就職した中学校は京都でもすごく、、、なんていうの、色んな意味で大変な学校だったんだ。(笑)

どれくらい大変かというと、その学校の3分の2くらいが20代前半の先生なの。

先生がすぐにやめちゃうってことだね。(笑)

や〜、日々とにかく走り回ってたね(笑)どんな授業にしようかとか考える暇がない。『いかにこいつらを席につかせられるか』ってことを常に考えながら1日1日をサーバイブしてたね。(笑)

大学卒業後すぐそこに入って、しかもいきなり担任になったので、それはもう大変だった。教師の仕事もわからないのに、そんな状態で、最初は右往左往してた。

同期で一緒に入った先生が、隣の教室を担当してたんだけど、その先生はその状況に耐え切れず、3ヶ月くらいで辞めちゃった。でもそれが普通だったんだ。

でも、僕はとりあえず担当に持ったクラスを卒業させようと。『石の上にも三年』というし、とりあえず3年続けようと決めた。そこから1年目はもう記憶ないくらい走り回ったね。それこそ血尿が出そうなほど。(笑)(このインタビューの前に、筆者が以前働きすぎて血尿を出していた話をしてました。)」

 

「いやもうドラマじゃないですか!そこらの不良がかわいく見えてきました。(笑)そこで3年間耐えたんですか!?」

 

西「結論からいうと、3年間勤めてその子たちを卒業させることもできたよ。

その子たちを1年から3年まで担任を務めたのが、僕だけだったんだけどね。(笑)でね、3年勤めて卒業式がくるわけ。そしたら、そのクラスで特にやんちゃだったやつ、本読む時間でも普通にゲーム機取り出してやるようなやつね、その子が『今日ぐらい言うこと聞いてやるわ』ってことで、卒業証書を受け取ってくれたんだよ。

その子が好意を示してくれたのは、正直めちゃくちゃ嬉しかった。
ただ、たったそれだけでも、僕にとってはそれが全てだった。」

 

「待ってください、こんな感動的なインタビューになる予定はなかったです。。。

もうドラマチックな人生、いやドラマそのものを生きてきたんですね、西条先生!!」

 

西「やー、本当に辛い日々だったけど、人生のベースとなるものは全てあそこで学んばせてもらった気がする。3年が経った時には、実はもう1年教員を続けていたんだよ。教員としての道を極めていこうかとも考えていて。で、その1年間でサッカーも積極的に教えてたら、『サッカーやっぱり楽しいな』と。楽しくなってきちゃった。そこで、もう1回留学してサッカーもしていきたいなと。今行くしかないってことで、27歳のときに当時やってた教員の仕事をやめようと決意しました。

で、その後2年間オーストラリアに留学することになりました。オーストラリアではとりあえず英語教育の勉強という名目で行って、昼間は勉強、その後はサッカーっていう生活をしていたね。

サッカーは現地の1部チームに入ることを目標にしてやって、そのほかにも現地の日本人をサポートするような活動もやっていました。

で、ここでオーストラリアのサッカーについて話をさせてほしいんだけど、オーストラリアのサッカーチームって『コミュニティベース』で創られるわけ。

オーストラリアって移民国家なので、多様な国籍の人間がいます。国籍はオーストラリアだけど、バックグラウンドはギリシャです、みたいな。もちろんアジア人もインド人もいたし、ほんとに多種多様だった。

僕が所属していたチームは主にギリシャをバックグラウンドに持ったチームだった。フットサルもやってたんだけど、そこはほんとに多国籍チームだったね。

そこで気づいたことがあったんだ。何かというと、『彼らのスポーツの役割は、日本のそれとは違う。彼らにとってのサッカーは、生きる手段なんだ』ということ。これはどちらが良い悪いという話でないよ。

 

日本だと、プロ、アマがあるけど、多くは趣味や健康のためにサッカーをやっていると思う。

オーストラリアでは、当時白豪主義が存在していたり、自国では生きられなくなった人たちが移民としてやってきていた。そういった背景があるので、オーストラリアに来てもすぐには馴染めない。そこで、サッカーをすることによって、またサッカーの中で役割を担うことで、自分という存在意義を周りに示すことができたんだ。だから彼らのサッカーは真剣そのもの。

彼らは、日本から来た僕にも、そういったことを感じて欲しいということで、積極的にその輪に入れてくれたりした。」

 

「なるほどなあ。なにかほかにやったりしなかったんですか?」

 

西「オーストラリアに行ってから、ずっとブログを続けてたね。ある意味これが転機にも繋がるんだけど。

ある日、ブログにメッセージが届いた。見てみると、差出人は『アディダス』。」

 

「いやいやいや。(笑)」

 

西「誰だイタズラしたやつって思いつつ、中身もみてみると、ほんとにアディダスからのメッセージだったんだよ。(笑)」

 

「ええっ!?!?まじですか!?」

 

西「内容は、『海外のサッカーチーム(超有名チームです。)が今度、日本でクリニックをやるからその通訳をしてほしい』というもの。

英語できる人はごまんといるのになんでだろうと思って聞いてみたら、『英語ができる人はたくさんいるが、英語ができてかつサッカーについてそこまで熟知している人間はいない』と。そういった経緯で2日間クリニックの通訳をやらせてもらいました。
今でもそこで知り合った人たちとはコンタクトをとってるよ。

 

で、そうこうしてるうちに、2年経ってオーストラリアから日本に帰国。一応しっかり修士号も取りました。

帰ってきてからは、塾を立ち上げて、サッカー関連のエージェントもやろうとしていた。もしくは昔から大学教員にも憧れていたので、大学教員にもなろうかと思った。ただ、大学教員はなれるはずがないとハナっから諦めてたんだよね。

あ、そういえば、オーストラリアから帰ってきて、職がない状態のときに結婚もしてます(笑)」

 

「・・・・・・・!?!?!?!?!?」

 

西「で、子供もできたからとりあえず働かないといけないってことで、どこかで働こうとしました。

ただ、公務員はもうないかなって感じだった。で、以前勤めてた中学にも戻る気は無かったので、当時は3つの仕事を掛け持ちしてました。

1つ目は、午前中の非常勤での中学校での勤務。これは非常勤だから特に縛りもなかった。

2つ目は、午後からの福祉関係の仕事。

3つ目は、夜からECCで英語の先生。」

 

「めっちゃ大変じゃないですか!!」

 

西「や、でも塾を立ち上げようという夢もあったから、そんなに苦でもなかったかな。

で、その生活を1年間続けた後、たまたま京都サンガ(京都の地元サッカークラブチーム)のサイトをみてたら、立命館大学のリンクが貼ってあったんだよね。サンガと立命館が提携してたんだ。

で、立命館のサイトに行ってみると、求人があった。応募条件をみてみると、、、、『修士号保持者』のみ。あれ?おれじゃん、と。で、応募したら通っちゃった。(笑)

世の中には、修士号保持者の英語教師なんてたくさんいるのに、なぜ自分が選ばれたのかなと考えたら、それはやっぱり、オーストラリアでサッカーをしていたというユニークな経験がプラスに働いたんじゃないかと思いますね。

 

ただ、大学教員になる人のスタンダードは、学部卒業後日本で修士号をとって、27,8で博士号をとってから大学教授になるわけ。その過程で論文の書き方や学会での発表についても学ぶんだけど、僕にはそれが全てなかった。

だから本当に大変だった。ただ、そこでも周りとは一風変わった論文内容にするなど工夫をして、うまいことやっていくことができました。

実は、僕の契約は5年間がマックスの契約なんです。で、今年が5年目、つまり勝負の年です。ここでなんとか結果を出したいなと考えてるね。」

 

「西条先生の過去を初めて知りました。。。それらを踏まえて、西条先生の夢ってなんですか?」

 

西「んー、今は大学の教員をしつつ、目の前の学生を大切にした授業を行っていきたいっていうのが一番強いかな。

極端な例だと、僕がいた中学校では、バレー部の女の子が『お金がないから』という理由で、自宅から試合会場まで5時間かけて歩いていってたりしたわけ。そんな子に英文法のSVO,SVCとか言っても頭に入るわけがない。

そういう状況を見てきたこともあって、1人1人の学生に合った教育を行っていきたいかな。

あとは、自分の経験を活かして、英語をサッカーを通して学ぶという取り組みを、今年の4月から、立命館大学のスポーツ健康科学部で行います。」

 

「なるほどなあ。めちゃくちゃわかります。ほんとに教育って大事ですもんね。
では、最後に簡単にメッセージをお願いします!」

 

西「これは、立命館に来て強く思ったことなんだけど、何をやるにしてもある程度道筋を立ててからでしか動けない子が多すぎるなと。

例えば『留学に行って何が得られるんですか?』と聞いてくる子が多い。もちろん選考のための書類などでは書く必要があるんだけど、目標とかなくてもいい。というより、とりあえず行ってみれば、そういったものは見つかるものなんだよね。

 

僕もオーストラリアに行った27歳の頃は、自分の将来像なんて描けていなかったし。変に頭で考えすぎず、直感に従って行動することも重要です!」

 

「ありがとうございます!僕は直感マシーンなので、このまま突き進んでいきます!!(笑)」

 

 

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*現在西条先生が、プロジェクトを準備しておられます。今年の4月から開始されるようで、参加費などは無料です。

英語に興味のある方であれば、サッカーなどを知らなくても参加してくれて全く問題ないとのことです!

あと5人くらい受け付けられるみたいなので、ご興味のある方はぜひ!!

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