【インタビュー】未来を見据えて、今を全力で生きよう!

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本日インタビューさせていただいたのは、個人で経営コンサルティングをしてらっしゃる、伊達様です!

 

 

実は伊達様と筆者は、以前からお付き合いがあるのですが、とっても面白い方なんです。アメリカに滞在しておられた経験や、これまでの経験について熱く語ってくださる、大変尊敬している方の1人です。

今回、聞くことのなかったアメリカでの苦労話などもしていただきました。何か感じるものがあるはずです。

それでは早速インタビューにいってまいりましょう!!

(伊:伊達様、筆:筆者)

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「伊達さん、お久しぶりです!それでは、ご経歴の紹介からお願いいたします!」

 

「お久しぶりだね。

はい、僕は大学卒業後、22歳から29歳までは東証一部上場のITベンダーに就職し、インフラの開発保守を主な仕事、つまりガッツリサラリーマンをしていました。最初の2年間はエンジニアに近い仕事でしたね。

26歳から、スーパーコンピューター更改というプロジェクトに配属されました。そこではプロジェクトリーダーの役割を担っていました。

で、2~3年かかったそのプロジェクトを終えた後、ニューヨークに渡りました。

プロジェクトが始まる頃に海外、特にニューヨークに行きたいと思い、貯金など準備を始めましたね。

なぜニューヨークに行こうと思ったかというと、ニューヨークは当時、言葉通り『世界の中心』だと思ったから。

あらゆる面で、まずは米国で生まれて、それが日本に流れていくようなものがあった。当時の感覚では、日本とニューヨークでは、5年くらいのタイムラグがあったように思います。(これはOIHの吉川様の話にもありましたね。)

当時『観光』『多国籍企業』『移民』が重要になってくるだろうという予測をしていたので、それに基づいてニューヨークを選びましたね。

 

で、話を戻すと、準備をし始めた26歳の時に、『中小企業診断士』という資格の勉強も始めました。生まれて初めての資格取得のための勉強でしたね。(笑)

その資格を1年くらいでうまく取ることができました。お金もたまってきて、いざニューヨークに行こうという時に、当時の先輩や知人の繋がりで、ニューヨークで高校の先輩が経営する広告代理店を紹介してもらい、そこで働くことになりました。

 

そこでの仕事は、日本企業の海外進出を手伝う仕事がメインでしたね。

僕の仕事は、マーケティング資料を作成したり、コンペ(入札してプロジェクトを獲得する場)での責任者のようなものをやっていました。あとはプロジェクト管理やイベント運営ですね。

イベントといえば、サッカーW杯がブラジルで行われるときに、マンハッタンのスポーツバーを貸し切ってイベントをしましたね。1500人くらいの人が集まってくれてめちゃくちゃ盛り上がりました。ミヤネ屋の宮根さんもそこに取材に来てくれたりして、日本のメディアにも取り上げられたんです。

その会社えはオウンドメディア(自社メディア)も2つくらい持っていて、コラムや記事を書くという仕事もこなしていました。

やったことのない仕事だったので、日々独学で学びながら仕事でアウトプットしていましたね。なかなか大変だった。。。(笑)

 

で、2015年に日本に帰ってきて、当初から決めていたように、コンサルティング会社を開業しました。主に経営とマーケティング関連のコンサルティングですね。経営戦略や事業計画の作成をサポートしたり、銀行や補助金からの出資を円滑にしたり、財務系にも力を入れています。

2016年10月からは、ゲストハウスをオープンしました!ゲストハウスを始めた理由は、「KAZUの実家周辺で宿泊したいのに、ホステルやゲストハウスがないよ。」ってニューヨークの友人に言われたからです。誰もやらないなら、うちで作ろうってノリです。」

 

「おおお、いろいろ面白そうなお話が聞けそうですね。(笑)

早速なのですが、アメリカでの最も衝撃的な体験ってあったりします?」

 

「んー、日本にいた頃は英語を使わない部署で働いていたので、特に英語が得意というわけではなかったんです。直接話すときは、特に問題なく英会話ができるくらい。

ただ、ニューヨークで働いていて、電話対応が本当に大変だった。相手の顔、特に口元が見えないし、音も悪かったので、もう全然わからなかったね。

そこでも英語力を上げる努力はしてたけど、同時に語学というものは1年2年でなんとかなるものでもないということには気づきました。

もう1つあって、それは何かというと、日本なら『よし契約できたなこれは』と思ったら大体契約は決まるんだけど、向こうではそれが全然なかった。

営業先で『いいねいいね』みたいに言われてても、いざ契約となるとコロンと手のひらを返されてしまう。(笑)こういうことが2,3回はあって、だいぶ精神的にきたね。(笑)」

 

「なるほど。それめっちゃショッキングですよね(笑)『おま、これはイケる雰囲気だったろ』と。(笑)

とまあ、そんな経緯をふまえて、伊達さんの将来の夢ってなんですか?」

 

「僕は、色んな国の人が平和に暮らせる街づくりをしていきたいんです。

日本の少子化の現状などを見ても、間違いなく移民の方は受け入れていかないといけない時代になると僕は思っています。そんなとき、必ず大きな問題が起きてくる。そういうときに、軋轢やその他の問題を乗り越えるための橋渡しをしたいんです。

やっぱり将来の子供達が差別なく生きていける街づくりがとても重要になってくると思います。」

 

「大事ですよね。2016年に生まれた日本人はたった約98万人だそうです。これって恐ろしいことですよね。悲観することばかりではないですが、少なくとも『日本』という国を守っていきたいのであれば、逆説的ではありますが、移民の方々を受けていかなければならないと、僕も思っています。

ところで、伊達さんはなんで独立という道を選ばれたんですか?やっぱり日本だと特に『リスクのある生き方だ』なんて言われるじゃないですか。」

 

「んー、社会人経験も踏まえて、組織に馴染まなかったというか。私の持って生まれたデメリットポイントが出てしまったからですかね。(笑)

自分の気持ちに正直すぎるんです。『このミーティング無駄だな』とかすぐ思っちゃって、自分にまっすぐ向き合って仕事がしたかった。

ただ、これって組織から見ればただのわがままなわけです。仕事というものは、組織の一員として一定のルールに沿って従事していくということが大前提なので。

そこで、僕は何か自分でしたかったんだよね。信頼できる人と仕事がしたかったし、尊敬する人と関わっていたかった。リスクをとってでも、常に自分らしくありたかったということ。

成功するかどうかなんて、自分の努力だったり運だったりなわけで、そういったことを天秤にかけたとき、明らかに自分で何かをやっていくほうが良いと判断しました。」

 

「なるほどなあ。そういった気持ち、わかります。すごく、なんだろう、矛盾を感じて勝手に自分だけ苦しく感じてたりするんですよね。(笑)

多分そういった気持ちを抱く背景には、親の影響とかってあると思いますか?(ちなみに筆者の家系はバリバリのサラリーマンです。笑)」

 

「それはあると思います。

祖父の世代から僕の家系は商売人でした。祖父は米屋をやっていました。父は食品製造業で商売をしていて、蕎麦屋さんなどもやっています。

父の商売を間近で見ていて、経営不振などの苦しさも知っていました。そういった経緯で、経営コンサルティングを学ぼうとも思いましたね。

商売人のこは商売人になりやすい、という傾向は確かにあると思います。」

 

「なるほど。ありがとうございます!

話は変わりまして、伊達さんのこれまでに経験した1番大きな挫折ってなんですか?」

 

「僕はNYにいた頃、ある事業を進めていたんです。結構お金をつぎ込んでいたんですね。スケールすると考えていた事業だったので、お金も積極的に集めていたんです。

しかし、結果的にそのプロジェクトは停止してしまいました。単なるヒューマンエラーだったんですけど、その頃は本業の仕事も減らしていたので、お金が本当になくなってしまった。

当時のレートで900ドルくらいしかキャッシュが残っていませんでした。私が使えるお金ですよ。(笑)会社のお金とかではなく、生活資金。(笑)

投資家の方や起業家の方、色んな方に『これやります!』ってプレゼンしまくってたし、メディア方面にも声をかけていたので、一気に信頼を失ってしまいました。

原因はヒューマンエラーと、やはりビジネスがわかっていなかったこと。リスクヘッジが何もできていなかったんです。

 

正直2週間くらい、めちゃくちゃ凹みましたね。お金もないし、キャッシュフローもないからお金が入ってこない。

そこでその凹んでる2週間を使って、何がいけなかったのかを整理し、自己分析なども徹底的に行いました。」

 

「今の就活生より苦々しい自己分析だったんでしょうね・・・・」

 

「で、とにかくお金を作らないといけないので、現地でアルバイトもしたりして、食事は毎日1ドルのピザ。(笑)1日1ドルピザ生活です。(笑)

そういった生活を続けて、50万円ほど貯めたので、日本に帰りその後開業したという感じですね。

いやあ、本当にあの頃は顔面蒼白でしたよ。海外でお金がなくなることがあんなに怖いことだなんて。。。(笑)

ただ、その経験から何か困難を乗り越えた人は強いなと感じるようにもなりました。」

 

「僕もバックパッカーとかよくやってましたが、本当に怖いですよね。(笑)アメリカだと特に物価も高いし。。。

面白いなあ。ところで、そういった意思決定をしていくうえで、何か信念とか軸があったりするんですか?」

 

「そうだなあ、やっぱり5年10年先をイメージするようにしています。間違っててもいいので、今後世界がどうなっていくかをイメージする。そこから逆算して、自分の日々のタスクや行動計画を作り、それに全力で取り組む。

 

あとは、自分が大切にしたい人やモノは絶対に守るということ。

 

そして、他人と自分は比較しないということ。SNSで個人の行動を見れるようになって、他人と比較する人が増えたように思います。でもあれは、とっても表面的なものなんです。どうしたってその裏にあるものは見えないし、見せたいと思う人もいませんよね?そことは比較してもなんにもならない。

それよりも、いつも自分との戦いだと意識することが大切です。自分を信じて行動する。これは難しいことでもありますが、これから生きていくうえで、より大切な軸になってくると思います。」

 

「間違いないです!!筆者も『比較』にめちゃくちゃ苦しんだ時がありました。。。

では最後に、若者や社会人の方に対してメッセージをお願いします!」

 

「これから人口がどんどん減っていって、少子高齢化が加速し、AIなどももっと普及してくるはずです。明らかに、人の意義や生き方というものが変化してきます。

それから目を逸らさないこと。『将来仕事がなくなる』とかネガティヴな面にばかり目を向けず、ファクトに目を向け、『じゃあ将来どうなって、自分はどうなっていたいのか』を考えるよう習慣付けることが大切です。

僕はよく、なっていたい自分の絵を描くようにしています。頭で考えるだけでなく、文字でもなく、絵で表現してみる。この方法はおすすめですよ。

ギブアンドテイクではなく、テイクアンドテイクでもなく、ギブアンドギブできるような人間になっていきたいと思っています。何か自分がいきていた証などを残していきたいですね。今を全力で生きる人が増えてくれたらいいなとも思います。」

 

「熱いメッセージをありがとうございます!ギブアンドギブ、していきます!!!」

 

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現在、伊達様は『まだ魅力が埋もれたままの地域を観光地にする』という考えの基、『Feel Japanese.』というプロジェクトを企画しておられます。

書道家、殺陣師など、色んなクリエイティヴな方と一緒に、外国人の方に対し日本文化というものを発信していくものだそうです。

 

地方にいながら海外に触れられる貴重な経験が得られると思います!!

『街を残すために、行政に頼るばかりではなく、民間の知恵と情熱で推進していこう!』という熱い想いを持ってらっしゃるので、もしご興味のある方は、コメントもしくは筆者にまでご連絡ください!

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*伊達様:著書(共著)

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