【インタビュー】人生は『選択』で形作られる。

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今回は、今年の4月から社会人となる、立命館大学政策科学部を卒業した川名さんにお話を伺いました!

 

 

国際色豊かな方でありながら、専門的なスキルも持ち合わせ、何より謙虚であるという点で、僕が知る若者世代の中ではトップに位置してらっしゃる方です。

企業人事の方は、ぜひマーキングしておいてください。(笑)また、中学・高校・大学生の方は、これから新学期を迎える中で、参考になる点がいくつもあるはずです!

それでは、インタビュー開始です!

(川:川名さん、筆:筆者)

 

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「それでは、これまでのご経歴の紹介からお願いします!」

 

「幼少期の0歳〜6歳までは千葉県の実家で過ごしていました。

そこから母の仕事の関係で、6歳から18歳までは、広島県で暮らしていました。中学は私立の女子校に中学受験して、高校もその学校でエスカレーター式に進んでいきました。

 

ただ、中学3年生の時に、『女子校もう嫌だな』『もっと勉強がしたい』と思うようになりました。実家は千葉でしたし、その頃何やら母も仕事で関東に戻る様子だったので。

そこで、『だったら高校を受験し直して、千葉に戻ろう』と考え、中学校の教頭先生にその話をもちかけました。

すると、その女性の方から『そんなことはさせないぞ』と。(笑)」

 

「え!?(笑)」

 

「その方から『そんなことするんだったら、高校で留学でもしなさい』と勧められたんです。

そして、留学担当の先生に紹介されて、高校1年生からアメリカのネバダ州にある学校に留学することになりました。

その後、大学受験の時期には、AO入試で立命館大学を受験し立命館大学の政策科学部に入学しました。」

 

「待ってください、なんで立命館にしたんですか?川名さんの実力だったら東大とか絶対に行けたと思うのですが。。。」

 

「実は、立命館大学の政策科学部には『学部共同学位プログラム(DUDP)』という、最短4年間で日米両方の学位を取得できるプログラムがあったんです。

その存在を高校生の頃に知ったので、『これはもう立命館に行くしかない』と考え、立命館大学への受験を決めましたね。

 

立命館大学政策科学部に入学後、1年生の前期はずっと京都で学校に通い、その後2年間をワシントンにあるアメリカン大学で過ごしました。

3年生後期で立命館に戻ってきて、その1セメスターで日本での単位も取り切り、4年で日米両方の学位を取得することができました。

そして今年の4月から、東京のIT系の会社で働くことになっています。」

 

「そのプログラム、聞いただけでもやばそうですね。(笑)」

 

「アメリカではとにかく勉強漬けの毎日でしたね。(笑)」

 

「日本に帰国後も、1セメスター(半年)で40単位ほどを取得しなければならなかったとか。。。(通常立命館大学では、1年をかけて40単位前後を取得します。)」

 

「そうですね、がんばりました(笑)」

 

「後ほど詳しく聞かせてもらいますね!

では、そのようなご経歴の中で、転機になった時期はありますか?」

 

「そうですね、転機と言っていいかはわからないんですけど、3つあるかなと。

1つ目は、高校の頃に経験した1年間の留学ですね。

なぜそこを選んだかというと、文化的な面と語学的な面で大きな衝撃を受けたからです。

 

文化的な面では、海外で『暮らす』という経験自体が初めてだったわけです。それはもう衝撃の毎日で、カルチャーショックを受けまくってましたね。

ただ、そういった文化の違いとかって、ある程度時間が経てば慣れてくるものなんです。

問題は語学的な面でした。留学に行く前から、ある程度英語力はあるかと思っていたんです。高校1年生の時点で英検2級も持っていましたし。。。

でも実際に行ってみると、『あなたの英語わからない』と。(笑)向こうの人からしたら、アジア訛りでよくわからんと言われる時期がずっと続いたんです。

そこで、そのまま過ごしていては一向にこの状況は改善できないと考え、『半年間日本語から離れる』という当時の私にとっては究極の選択を取ることにしました。

母からメールが来ても、必ず英語で返すようにしてました。(笑)

ただ、そういう手段をとっても、最初はまったく伝わらないわけです。高校生はスラングを使うことも多く、そこらへんの知識も必要だったので。

 

でも、そういう状況を自分で作って半年くらい自分なりにストイックに生活していると、留学から帰る頃には『ネイティヴみたいだね』と現地の方から言ってもらえるようになりました。

そこでは自分なりに努力した甲斐があったと強く思いましたね。」

 

「高校1年生でそれができる精神力、どうなってるんですか。(笑)」

 

「2つ目の転機みたいなものは、大学の頃のアメリカでの生活ですかね。

現地で学校にいって缶詰で勉強しつつ、インターンなどにも積極的に参加していたので、たくさんのネットワークや経験を得ることができました。

 

3つ目は、アメリカでの留学を終え、日本に帰ってきてからのインターンシップですかね。

帰国後2日目くらいから、デロイトトーマツ、IBMといった企業でインターンをしていたんです。

アメリカの経営学でITを専攻していたこともあったので、何かしらITという専門を活かして橋渡しをしたいと思っていたので。

 

IBMではゴリゴリの『The 開発』といったお仕事を経験させてもらい、デロイトではセキュリティ面などでのコンサルティング的なお仕事を経験させてもらいました。

その結果、『自分はコンサルティング的な立ち位置で仕事をする方が好きかな』と、なんとなく自分の将来をイメージすることができました。」

 

「なるほどなあ。

僕、『意識高い系』の人間がもっともっと増えればいいなと思ってるんですけど、川名さんみたいに何かスキルを持った上で視座が高い方がやっぱり最強ですよね。(笑)

では、ちょっと話が飛ぶんですけど、川名さんの将来の夢ってなんですか?」

 

「AO入試のときにも、そういったことを書いたのですが、今考えてみるとやっぱり多少変化してますね。

 

今現在の夢というか目標は、『自分の専門分野をしっかりと身につけること』です。

4月から就職する会社で決まっている職種で、かつ自分が興味のあるところは『セキュリティ』『リスクマネジメント』といった分野なんです。

『自分の専門はここですよ』という分野をしっかりと持って、日本だけでなく国際的なフィールドで社会に貢献していきたいなという夢はありますね。

 

そういった思いもあり4回生の前期でほぼ単位を取り終えたので、12月にあるCISA(certified information systems auditor)という公認情報システム監査人の資格試験へ向けて勉強しました。

あまり新卒が受けるような国際資格ではないみたいですが、なんとか一発合格出来たので、自分の専門分野を詰めていく第一歩になったと自負しています。」

 

「将来CIAとかインターポールとかで働いてそうです。(笑)」

 

「アハハ、それも1つの選択肢になり得るかもしれませんね。

で、留学に行くと、なんていうんだろう、『貧困解決したい!』みたいな思いを持って、『国際開発』などの分野も学ぶと思うんです。私にもそういう時期がもちろんありました。

 

でも、冷静になって考えてみると、結局それって何を学ぶことになるんでしょうか。もっと突き詰めれば、その分野は資本主義社会において持続的な仕組み、つまり利益を生み出せるモデルを学べるものになっているのでしょうか。」

 

「なるほど。すごく分かります。

『ところで、それを学んで何のスキルが身につくのか』ということですよね。それを学んだだけでは『何かを生み出すこと』に関しては力が弱い。」

 

「そうなんです。そういったことを目標にしてしまうと、目標も画一的になってしまうと感じています。

一概には言えませんが、その留学経験を生かし、国連など、いわゆる国際機関のような組織で働こうとする傾向があるような気がします。でも必ずしも、そういうところに入ることがゴールではないはずです。

そういう想いがあって、私は政策的な面、国家間のセキュリティ分野などは今後ますます重視されるだろうと考え、このような夢を抱くようになりましたね。

『どこに所属するか』ではなく、『何をするか』を考えていくべきだと思います。」

 

「なるほど。まさにこれからの日本に必要な考え方なのかもしれません。

では、留学時のお話をもう少し聞かせてください。」

 

「そうですね、アメリカ留学時には、日系のマスコミ会社のアメリカ支社でも1年間ほどインターンをしたりしてました。」

 

「へえ〜、アメリカに支社があるんですか。」

 

「よくテレビで『ワシントンから中継です』とかって出てくるじゃないですか?ああいった方々は日本でキャリアを積んできた方で、海外の主要都市にある支局に駐在し、そこからニュースを発信しています。

そういった方々のお手伝いのような役割を担っていました。アメリカ現地のニュースから出てきた記事を日本語に翻訳したり。あとは、当時の日本の大臣にインタビュー的なことをする機会もありましたね。」

 

「えー!すごい!そんな経験してみたいです(笑)

では、これまで川名さんが経験された挫折ってなんでしょう?」

 

「そうですね、挫折というか、苦労したという点では3つあるかな。

1つ目は、先ほども言ったような、高校留学時代の経験です。カルチャーショックは慣れましたけど、英語力に関しては本当に辛かったですし、努力しましたね。

 

英語に関しては、そこまでストイックにやらなくても、日本人もいたのでそういったグループに入って日本語で楽しく過ごすという選択もできました。

でもその頃の自分は『ここは乗り越えなくちゃいけない』と思ったんですね。

やっぱり『アジア人っぽいアクセントだね』ってバカにされることもあったし、それは本当に悔しかった。その悔しさがあったから、日本語を使わないという決断もできたように思います。

ひたすらLとRの違いを聞いたりしてましたね(笑)

若い頃って恥じらいとか、あんまり感じなくていいじゃないですか。とにかく出来ないことにひたむきに挑戦できる期間なので、素晴らしい時期だと思います。」

 

「めちゃくちゃ良いお言葉いただきました。」

 

「2つ目は、アメリカン大学での勉強尽くしの経験です。

端的に言えば、その大学で4年間やることを2年間でやるわけです。私は現地で経営学部に所属していたのですが、2年で100単位くらい取らなければいけなかったんです。

例年通りでいけば、2年半で先輩方は卒業されていたんですけど、自分で計算してみると『2年半もいらない、2年でいいな』と考えたんです。(笑)」

 

「どんだけ追い込みたいんですか!?(笑)」

 

「これは後々聞いてみると、前代未聞のことだったみたいです。(笑)

ただ、かかる時間だけでなく、成績もかなり意識してましたね。もともとアメリカン大学の学費の30%が割引されていたんですけど、もしGPA(成績の良し悪しを測る数値)が悪くなれば、この割引がなくなるという条件があったんです。

アメリカン大学では、1セメスターで200万円くらいかかるわけです。その30%かつ2年間ということは、額もものすごく大きくなります。

親に迷惑をかけられないという気持ちと、奨学金をもらっているのだというプレッシャーもあって、GPAはかなり意識していましたね。」

 

「なんだか、いま自分のことを学生と呼んでいいのか疑問に思ってきました。(笑)」

 

「3つ目は、何よりアメリカン大学での勉強量です。

大学留学前にはある程度英語力に自信があったものの、留学先では一般的な会話や知識を学ぶのではなく、学術的な専門分野を習得するわけです。これを2年という過密なタイムスパンで学修するとなるとはじめはだいぶ面食らいました。

 

大学留学中は、毎日『これ絶対1日で終わらないでしょ』という量の課題が出されて、次の日に提出、という日々です。

最初の1年くらいはもう毎日朝5時まで勉強みたいな日が続きました。(笑)

月曜から金曜に授業があって、土日は休みなのですが、私の場合は、土曜日になんとか遊んで、日曜日は必ず図書館に籠るという生活でしたね(笑)

その生活は2年間丸々続きました。

 

そんな中で、学んだこともあります。『タイムマネジメント』です。

明らかに終わらない量の宿題などに取り掛かる前に、優先順位や各タスクに割く時間などを考えます。それによって、要領良くタスクをこなし、いかに睡眠時間を確保するかと考えていました。(笑)

やっぱり『どうしたら上手くいくんだろう』と考え続けることは非常に重要です。この経験は私にとって非常に価値のあるものでしたね。

時間は作るものです!!!(笑)」

 

「もう、反論できません、説得力が。。。(笑)

では、川名さんが大切にしている価値観や信念はありますか?」

 

「これは2つありますね。

1つ目は、『限られた時間でいかに効率良く動くか』ということ。

1日30時間あればなあ、なんて言う人もいますが、ありません、そんなこと絶対ありません。(笑)どうやったって、1日は24時間なんです。じゃあその時間の中で、自分がやるべきことをいかに終わらせるかということを考えることは重要です。

私は否応なくそれを考えなければならない毎日だったのですが、そういったマインドをしっかり持たないと、自分の有限な時間を無下にしてしまう可能性があります。

もちろん、限られた時間の中で出来ないことも絶対にあります。じゃあそれにどのような対処法を取るのか、それを考えることが重要ということですね。」

 

「なるほどなあ。」

 

「2つ目は、『人との繋がりは、手抜きするべきじゃない』ということです。

これなんでかっていうと、私が留学したワシントンDCっていう所では、日本人の社会人の方や、現地で会社をやっている日本人、優秀な学生など、たくさんの方がいらっしゃるんです。

すると、普段では考えられないような方とお会いさせていただけるチャンスがたくさんあったんです。外交官の方、メディア関係の方、現地で採用され様々なフィールドで活躍されている方など。

 

そういった機会が目の前に現れたときに、その機会を別の機会、たとえばクラブに行ったりすることにも転換できるわけです。

ただ、そういった場面では『結局最後に何が残るのか』を考えるべきだと私は思います。

最後に残るのは、経験でもなく思い出でもなく、『人との繋がり』だと思うんです。それは一生残りますし、どこかで将来思いがけないチャンスに発展するかもしれません。

 

私もお食事に行かせて頂いたり、交流っていうのはすごくしていました。それが就職活動などに直接活かされたかと言われれば、そうではないかもしれません。

それでも、将来像を意識するヒントになったり、『こんな風になっていたい』と思えるイメージを描くことができるようにもなりました。また、多様な人生観や経験を知ることができたという意味では、かけがえのないものだと思います。

その交流の時間がたったの30分やそこらかもしれません。これは定量的に見れば1日のうちの数%しか占めません。

ただ、その価値は定量的には計れないものだと思うんです。だから私は、ほんの少ししか時間がなくても、できるだけお互いの思いや時間を共有できるように努めています。」

 

「確かに。僕もこのメディアを運営していてつくづく思いますね。

では最後に、そういったこともふまえてメッセージをお願いします!」

 

「私より下の世代の学生には『1つの観念に囚われないでほしい』ということを伝えたいです。

自分の道を進む時に、他人の意見や行動に流されないでほしいなと。

 

どういうことかというと、中学生・高校生は特に、まだまだ小さなコミュニティで生きているわけです。それこそ隣町くらいまでのことしかよく分からない、みたいな。

ただそこには『グループ』というものも存在していると思います。『受験頑張るグループ』『遊ぶグループ』、大学生で言えば『サークル仲間』など。そこに属することが悪いことだなんて言う気は毛頭ないです。

 

ただ、そういった同じグループにばかり属していると、自分のやりたいことや将来像って明確に描くことはできないんです。

じゃあどうすればいいかというと、より多くの情報を取りに行くこと、これまで会ったことのない人に会いに行くことです。

私の場合、同年代で中学受験をする子もいなかったし、高校のときにアメリカに留学する子もいませんでした。立命館のそのプログラムに参加した人間も、私の学年では1人だけでした。

 

ただ、そんなことは全く関係ないんです。私は私のやりたいことがあって、そういった意思決定をしてきました。その意思決定は自分の意思で行ってほしいんです。『周りは誰もやってる人はいないし。。。』なんて思わなくていいんです。

人に流されず、意思を持って行動していってほしいなと思います!!」

 

 

「ありがとうございます!!」

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