【インタビュー】50歳で大企業を辞め、起業の道へ。

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今回、日本全国多くの経営者と繋がりがあるであろう、代表世話人株式会社 の杉浦様にインタビューさせていただきました!

 

 

まさに『人格者』と呼ぶに相応しいお方でした。人脈だけでなく、そこにはたゆみない努力とその結果もあるのだということも知り、身の引き締まる思いでした。

また、『死ぬまで人に必要とされる人間でありたい』ということもおっしゃっておられ、『定年』などという考えは毛頭ないという姿勢に、大きな尊敬の念も抱きました。

ぜひ『人格者の何たるや』を知っていただきたいと思います!それでは、インタビュースタートです!!

(杉:杉浦様、筆:筆者)

 

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「それでは、これまでのご経歴のご紹介をお願いいたします。」

 

「まず私は証券会社に入社しました。この期間は今となっては自身の勲章のようなものだと感じています。

私が証券会社に居た頃というのは、まさに日本が高度経済成長の真っ只中にいるという時代でした。結論からいえば、『あと1ヶ月で日経平均の最高値が来る』というタイミングで証券業界からは身を引きました。

当時、私がいた証券会社には5,000人の従業員がいました。私は3年目の社員として在職しているときに辞職しようとしたわけですが、それを会社側に伝えたところ、当時その会社のナンバー2だった副社長から『おれが認めるまでは辞めさせない』と言ってもらえたんです。」

 

「え、5,000人も従業員がいる中で、3年目の方を副社長が引き止めたと!?」

 

「そうなんです。それくらいの規模ともなると、普通は辞めようと思えばすぐ辞められるものなのですが、私の場合はその方と1対1で話し合う機会をもらったんですね。

『副社長』対『3年目社員』の構図ですよ。(笑)」

 

「今となってはベンチャー企業などではそういった構図も見かけますが、当時古い体質の証券会社でそのようなことが起こるとは。。。」

 

「で、その副社長の方は証券業界最大手の会社からやってきた方なのですが、その話し合いの際、『お前に不服があるとしたら、この会社にあるのだろう。おれが以前いた会社に入れてやるから、証券業界には残れ』と、そう言っていただけたんです。」

 

「相当な成績を上げておられたんでしょうね。」

 

「ただ、当時もうKEYENCEというメーカーに転職が決まっていたので、そちらに転職することにしました。何より、私の中で『証券業界がおそらくそろそろ頭打ちだろう』という予感もあったので。

 

KEYENCEではあらゆることを学ぶ経験をさせていただき、今の人生にも大変活きています。

例えば、私はこの歳になっても1日10件ほどアポがあっても、全然問題なしです。」

 

「1日10アポ!?(一般的には、ただ人と会うだけではなく、移動時間、1人あたりにかける時間、準備など様々な要因を考慮しなければならず、アポを調整するだけでも一苦労します。。。)」

 

「KEYENCEでの現役時代では、1日最高で15件くらいありましたね。(笑)

KEYENCE流の働き方が学べたのは本当に大きかったです。いかに短時間で、相手に言いたいことを言わせて、自分の言いたいことも伝える、伝わるか、みたいな、ところはやはりノウハウがあったりします。

特に、タイムマネジメント力が相当に鍛えられました。『徹底的に効率化を図る技術』ですね。」

 

「でもやっぱり相当大変だったのではないですか?」

 

「当時は確かに大変でしたね。KEYENCEのみならず、その以前の証券会社でも。

証券会社の例でいえば、名刺を100枚ほどポンっと渡されて、『この名刺がなくなるまで帰ってくるな』と指示を受けたり。(笑)」

 

「漫画の世界じゃないですか。(笑)」

 

「それは良い悪いではなく、もうそういう時代だったんですね。

そして、証券会社、KEYENCEで働いた後、次は大手損保会社に転職しました。そこで現在テラモーターズ代表としてご活躍の徳重さん(徳重様の記事はこちら)とも知り合い、彼とは今では20年来の仲です。」

 

「ここにも素敵なご縁があったんですね!!」

 

「損保会社では、『代理店営業』という間接営業を学ぶことができました。KEYENCEでは、自分でお客様のところに提案しにいく直接営業だったので、また新たな経験が得られたということです。

また、間接営業の中には直接営業も含んで活動していたので、どちらもできていたと言う方が適切です。

 

KEYENCEと損保会社での勤務を経て、販売に関して学べたことは本当に大きかったです。それもあって、現在私はあらゆる業界に垣根なく、本当にいろんな方からご縁をいただいて生きています。

『経験は無駄にならない』そして『すべては現場から始まる』ということに気づけましたね。」

 

「ありがとうございます。

それでは、杉浦さんの将来の夢はなんでしょう?」

 

杉「もうこれは1つしかありませんね。

『福井福太郎さんになる!』です。

この方は、104歳を超えてもなお、働き続けている方なんです。しかも、彼は97歳のときに会社に辞表を出したのですが、そのときその会社の社長から『頼むからやめないでくれ。あなたが必要だ』と言われていたんです。

ここから分かるのは、人から必要とされることがいかに大切かということです。どれだけ自分という人間が需要とされているのか。

 

少なくとも私は、『この人もういらない』と言われるような年寄りにはなりたくないです。だからこうやって若い世代の方々ともたくさん話をして、そこにある溝を埋めようとしています。

具体的には、1000社くらいで【世話人】として必要とされるような、人間になっていきたいなと思っています。そうすれば世の中にもある程度影響を及ぼせるのかなと。」

 

「素晴らしいお考えです。。。

それでは、なぜ現時点での生き方を選ばれたのでしょうか?損保会社でのご勤務の後は、独立されておられますよね?」

 

「そうですね、サラリーマンとして働いていても『現役で続けられる』というイメージが湧かなかったからです。

大企業特有といいますか、お勤めが終わり70歳くらいになられた諸先輩の方々が寂しく生きていくようになってしまうという状況も目の当たりにしていましたし。

大企業で勤め上げた方は、全員とは言いませんが、退職後、どこか世の中、社会と断絶されていると感じることが多かったんです。

また、以前の会社のある先輩から『お前は独立してもうまくやっていける』と言われたことも、背中を押してくれました。

 

そして、50歳くらいのときに会社で倒れて、初めて救急車で運ばれたんです。

そのときに、『このまま死んだら、自分の人生面白くないな』と、気づいたんです。『あと10年この生活を続ける』という選択と『今すぐ辞めて新しい人生に踏み出す』という選択を天秤にかけたら、迷う必要はありませんでした。」

 

「私の父もまさに大企業で勤め上げてきた人間で、もう定年を過ぎて退職しているのですが、杉浦さんが言われていることがものすごく良く分かります。。。

では、これまでに何か大きな挫折を経験されたことはございますか?」

 

「そうですね、人よりも失敗や挫折は少なくないと思います。

ただ、挙げるとすれば、証券会社やKEYENCEでの実績、そして一営業マンとして、かなり自信家だった時期があったんです。

30歳前後になった頃、自分の周りに味方がいないことに気づいたんです。

チームとして動かなければならないのに、社会人になって以来ずっとうまくいっていることが災いして、個人、独りでやりすぎていたんですね。そこから1,2年は相当悩みましたね。

 

ただそんな時、ありがちかもしれませんが、松下幸之助さんの言葉に救われたんです。『周りに感謝する』『おかげさま』といったことを意識するようになり、それからは出会う人の質が大きく変わりました。

それまでは営業マンチックな方とばかりお会いしていたのですが、それからは経営者の方と頻繁に会うようになったんです。

そこはものすごく大きな転機でしたね。

 

7年ほど前に、私が転職してから20周年(出世したわけでもないのに)単にめでたい、ということで、今はもうないですが大阪の堂島ホテルというところに経営者の方が200名ほど来てくださり、お祝いをしてくださったんです。

『ああ、これくらい評価していただけているのか』と感じ、本当に嬉しかったですね。」

 

「素晴らしい人生ですね!!

では、そんな中で、杉浦さんが『この経営者は1番だ!』と感じる方は誰でしょう?」

 

「これまで少なくとも3万人、多く見積もって5万人ほどの経営者の方々とお会いしてきましたが、誰が1番だなんて決められません。

みなさんそれぞれが1番で、それぞれに良いところがあるのです。常に、その人の1番を見ようという姿勢も大事です。」

 

「本当に素晴らしい思考をお持ちで、大変参考になります。

では、質問は少し変わりまして、『もし杉浦さんが今大学を卒業されるタイミングに戻ったとしたら』ファーストキャリアはどこに置きますか?」

 

「最初からKEYENCEを選びますかね。これは『そうしろ』ということではなく、『僕だったら』という前置きがあることとして。

たとえ数年で辞めるにしても、やはりKEYENCE流の働き方を学べることはその後の人生に大きくプラスに働いてくると思います。

『チャレンジする』『成長する』という目的に対する手段としては、おすすめできると思います。

この激動の時代『安定』なんて言葉を追い求めても仕方がありませんしね。

 

また、大企業が一概に良いとは言えませんが、『体系的に学ぶ』というアプローチは大事です。

なのでまとめると、その会社に入って『学べる』『自立(自律)できる』その術を身につけられるのであれば、どこでも良いと思います。

ベンチャー志望の方は、体系的に学べるシステムがそもそも確立されていない可能性が高いので、そこには注意すべきだと思います。」

 

「筆者も、これからますます『個人』としての力・スキル・人脈が重視されると考えており、中でも『ものづくりの力』を持っていることは、自立するうえでマストなスキルになってくるのではないかと考えています。

それでは次の質問で、杉浦さんがこれまで大切にされてこられた『信念』や『軸』というものはございますか?」

 

「比叡山の大僧正であった『酒井雄哉』先生そのものですね。また、先生が書かれた『忘己利他』という言葉です。

私が先生と密に会話できたのは、リーマンショックが起こった頃でした。日本中に活気がなく、『大阪の経営者に元気をください』ということその思いだけで私が勝手に比叡山に向かって先生にお願いをし、先生が講師としてご登壇頂く勉強会を主催しました。ちょうど8年前くらいです。

酒井先生は、かの有名な俳優である高倉健さんなども悩み事を相談するような方で、それはそれは偉大な師でした。

 

私が15歳くらいの頃に、ラジオで先生のお話を聞き、『こんな人がいるなら会ってみたい』と思っていました。

しかし当時は会えるはずもなく、月日は流れ40歳を過ぎた頃でした。たまたまのご縁で、酒井先生に会えるかもしれないという機会があったのです。それはもう行くしかないだろうということですっ飛んで行きましてね。

『15分だけ話す時間がある』ということでしたが、なんとか粘って、先生と90分もお話しさせていただけたんです。

あれは嬉しかったですねえ。

 

僕の軸の話に戻すと、『忘己利他』もそうですが、もっと根本的な部分は『毎日朝生まれ、夜には死ぬと思って一日を生きろ、悔いのないように一日一生として』みたいなところです。」

 

「なるほど。そういった方をロールモデルにしている方はあまりいらっしゃらないので、大変参考になりました!

では、『この本だけは読んでおいたほうが良い』というものはございますか?」

 

「これまでたくさんの本を読んできたので、一概には言えませんが、中村天風さんの著書には大変影響を受けましたね。

結局稲盛さんなども、中村天風さんの影響を受けておられるので、彼はいってみれば親玉ですね。(笑)」

 

「ありがとうございます。それでは最後に、読者に向けてメッセージをお願いできますでしょうか?」

 

「私自身まだまだ大した人間ではありません、『まだ私は現場派であり、若い方々の皆さんと一緒に伴走できることを望む人間ですよ』ということを前提で、メッセージを少々。

 

やはりこれからの時代、『自立(自律)できている人間かどうか』ということがより一層問われてくると思います。

自分が今になってやっとわかってきた点です。

 

会社に文句を言うくらいなら、その会社を辞めて新しい人生を始めればいいんです。私は会社を辞めましたし。(笑)

文句を言っていても何も好転したりはしません。だからもっと、スキル面でもマインド面でも、『自立できる』という点を意識していくべきだと思います。

 

私は好きなことを適量にすべてやってきた人生で、この人生を歩めて本当に良かったと思っています。

我慢すべき時は我慢して、後戻りせず、そして後悔しない人生を、お若いみなさんが歩んでいってほしいですね。

たった1度の人生です。最後まで楽しんで生きていきましょう!」

 

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*杉浦様 オススメ著書、記事に登場した書籍

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