【インタビュー】なんとかなるじゃ、なんとかなる程度の人生にしかならない。

Posted by

今回はインタビューさせていただいたのは、ペンシルバニア州立大学に通う(今年の5月にご卒業されます。)郷上さんです!!

 

 

2年生後半に初めてお会いし、ルックスも中身もイケメンで、世の中は不公平だと清々しいまでに思いました。大学からアメリカに行くという選択した背景には何があり、また今後どうなっていきたいのかを伺いました!

(郷:郷上さん、筆:筆者)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それでは、これまでのご経歴の紹介からお願いいたします。」

 

「じゃあ生まれから言いますね。

1994年に生まれて、高校生までは日本で普通に過ごしてました。大学は、まずアメリカの短大に進学しました。で、そこからペンシルバニア州立大学へと編入し、この5月に卒業を迎えます。」

 

「なんで大学に進む時に、アメリカを選んだんですか?」

 

「最初に海外を意識したきっかけは、小学生くらいの時かな。

父親の仕事がニューヨークであった際に、『リョウ(郷上さんの名前)、一緒に来るかー?』と言われたので、ついていったんです。

そこで色々日本とは違う景色や文化を見て、ぼんやりと、将来は日本以外の人たちとも一緒に仕事ができるようになれたらなと思うようになりました。公私問わず、いろんな人たちと触れ合いたいと思ったんですね。

 

で、その後中学受験を経て、田舎の中高一貫校に通いました。なので、その後は海外とはほとんど無縁の生活を送りました。

中学はバスケ漬けの毎日、高校では軽音楽部に所属していたので文化祭で演奏したり、学校の外でご縁があり、役者として舞台に出演させて頂いたりしていました。今振り返ると自由でただただやりたいことをやらせてもらってた学生生活でしたね。

そして大事にしていた大きな舞台も終わり、いよいよ進路を決めないといけないという時期に差し掛かりました。

 

父親が開業医として歯医者をやっていたこともあり、そこを継ぐことをぼんやりと考えていました。なんやかんやそこ継ぐんやろうな、と(笑)

で、それを父親に言ってみたんです。

でも、その時の父親の反応は想像していたものとは違っていました。『ちょっと待て、もう1回しっかり考えてみろ』と言われたわけです。『俺が歯医者じゃなかったとしても、リョウは歯医者を選ぶんかな?そうじゃないなら、その選択はリョウの人生じゃないんじゃないかな』と。」

 

「めっちゃ良いお父さんじゃないですか。。。。」

 

「今思えばねえ。(笑)ただそれを言われた後、『やべえ、俺なにしよう。』って思ったんです。(笑)

そこで初めて自分の人生に向き合いましたね。

で、蘇ってきたのがあの小学生の時に訪れたNYの記憶、そして海外の大学という選択だったんです。」

 

「反対は無かったんですか?」

 

「めっちゃくちゃありました。笑

高校の先生からも『海外の大学に進学するヤツなんて聞いたことないから、とりあえず日本の大学行け』と言われたり、両親も、海外に行くこと自体には反対じゃなかったんですけど、『交換留学でいけばいいんじゃないの?』って感じで言われましたね。

12月にあった最後の3者面談で強烈な反対にあって泣きながら部屋に篭ったりもしました笑それでも、やっぱり行きたいってことを父親に伝えると、「気持ちはわかったから、1回リョウの思い描く進路と将来についてプレゼンしてみろ」と言ってくれました。どんなプランで、どんな資金が必要で、4年後なにするのか、一回考えて話してみてほしいと。

その後、『そこまでしっかりと考えているなら、僕らもサポートする』ということで、説得させることができましたね。」

 

「すごい。子供にプレゼンさせるってめちゃくちゃ良い発想ですね!」

 

「そうだね、今思えば、父親が最初に反対してくれたおかげで、当時はより決意も固くなったし、衝動的ではなく論理的に進路を決めることができたと思います。

結果的に、その頃に考えたプランとは違う人生を歩んでいますが、それでもそのときに自分の頭でしっかりと考えた経験というのは、今の自分に大きなプラスになっていますね。

だから、その時反対してくれた両親に感謝ですね。」

 

「なるほど。本当に良い両親だ。。。

で、大学に編入するために、まずは短期大学に2年間通ったかと思うのですが、そこでは主にどんなことを学ばれていたんですか?」

 

「ファッションビジネスの勉強をしていました。

バイヤーや広報になりたかったんですよね。コレクションに合わせて世界中を飛び回われるような人になりたいなと思って、ファッションビジネスを専攻することに決めました。

もともとすごく行きたい学校がNYにあったんですけど、いろいろな理由で4年間そこへ通うことは難しかったので、編入での入学を目指すことに切り替えました。なのでその短大を選んだのも、単位が引き継げて、ファッションビジネスの学べるという2つの理由で選びました。」

 

「以前リョウさんのFacebookを見ていた時に、演劇のようなものもやっていたと思うのですが、あれってなんだったんですか?めっちゃカッコよかったです!(笑)」

 


*これです!!

 

「あーあれは演劇じゃなくて、実はファッションショーなんだよね。ファッション学部は大きくビジネスとデザインに分かれていて、あのファッションショーは共同で企画・運営をするっていう授業の最終的な成果物として作ったもの。卒業制作みたいものだねー。

服のデザインをデザイン学部、ショーの企画や広報についての戦略を練ったりするのを僕がいたファッションビジネス学部が担当していました。

僕はもちろんビジネスサイドを主にやっていたのですが、『モデルが足りない』という事態になって、そこで『リョウやってくれ』ということで、モデルとしても参加させてもらいました。」

 

「めっちゃいいじゃないですか!両方とも経験できたってことですもんね!では、編入された大学では主にどんなことをやっていたんですか?」

 

「んー、経済って言ったらええんかな。。リベラルアーツの「経済」を学んでいました。というのも、アメリカでは、経済、心理学、社会学、などといったものはすべてリベラルアーツの中にあるんです。

なので日本風に言うと学科は経済で学部はリベラル・アーツっていうことになりますね。」

 

「へえ〜。でもなんでファッションはやめちゃったんですか?」

 

「やっぱり、短大で学ぶ前まではファッションに対して幻想を抱いていたというか、キラキラしたイメージしかなかったんですよね。1流ブランドだけを見て憧れていたというか。

でも、学べば学ぶほど、労働搾取や発展途上国での問題に行き着いてしまって。建て替えが必要なくらい老朽化している繊維工場に、多くの人が詰め込みで働かされ、その結果崩落してしまい、何百人もの人が亡くなってしまった。なんていう事故について、数千字のリサーチペーパーを書いたこともありました。

また元々『自分がしている仕事の先に幸せがあればいいな』と思っていたこともあり、この道を進むことに少し疑問を持つようになりました。

 

その結果『一旦離れてみよう』という決断にたどり着きました。

じゃあそこでなぜ経済を選んだかというと、単純に世の中の経済がどんな風に成り立っているのかを知りたいなと思ったのがきっかけです。社会に出て行く以上、常識として知っておいた方がいいと思いました。恥ずかしながら、そこまで大きな理由はないです。」

 

「なるほど。では、その大学でも何か特別な活動などはしていたんですか?」

 

「んー、日本人学生会みたいなのがあって、そこの運営をしていたりしたかな。

あとは、夏休みの3ヶ月間を使って、サンフランシスコにあるbtrax(創業者であるブランドン氏のインタビューはこちら!)という企業でインターンをしたのが自分の中では大きな経験でしたね。」

 

「btrax!!イケてるデザイン会社ですね!!

そこではどんな業務に携わっていたんですか?」

 

「役職としては、CEOのアシスタントいうもので、いろんなことをやらせてもらえましたね。

CEOアシスタントって、『これをやれ』というのが特に決まっていないので、ブログを書いたり、リソースが不足しているチームに加わったりしていました。

そこで色々とやっていたら、CEOのブランドンさんに『デザインの才能あるね』ということで、動画作成なども任してもらえるようになりました。」

 

「なるほど。業務はすべて英語だったんですか?」

 

「ミーティング等基本社内は英語でしたね。日本のクライアントのときは日本語でやってましたけど。」

 

「では、そういったご経験から『コイツやべーな』と思った人とかっていましたか?」

 

「良い意味で変わっている人が多かったように思います。NYも自由だけど、同じ国とは思えないくらい違った空気感がありましたね。人というよりも、この2つの都市があるアメリカってやっぱすげぇなと思いましたね。(笑)」

 

「ではまた別の質問で、リョウさんの将来の夢ってありますか?」

 

「夢な、めっちゃ考えてんけどな。(笑)正直明確な夢っていうのはまだ定まっていません。

ただ、留学当初からずっと意識していることがあって、それが何かというと、国籍や職歴、年齢だとかを全て取り払った状態で『君には何ができるの?』という問いに対して、明確で具体的な答えを持ち続けたいなと思っています。

『どこどこの大学行ってました』とかじゃなくて、『で、君は何できるの?』というところに向き合っていたいなと思います。」

 

「なるほど。めちゃくちゃ大事なことですよね。。。

では、これまでにリョウさんが経験した最も大きな挫折ってなんでしょうか?」

 

「挫折ね。これもよく聞かれますよね。(笑)

ただ、特にないんですよ。なんか、おんなじ子に3回フラれたとかはあるんですけど。(笑)」

 

「いやいやいや(笑)どんだけextremely picky(相手を選ぶ)なんですか!(笑)
リョウさんだめだったら誰がいけるんだ。。。(笑)」

 

「アハハ、でも挫折なんていったらそんなもんで。。。(笑)

で、なんでかなって考えたら、2つあるかなって思ったんです。

 

1つ目は、『めちゃくちゃチャレンジしていない』から。

多分、俺がハーバード目指して、そこで落ちたらそれは挫折になってたと思います。でもそれはチャレンジしなかった。だから挫折しないで済んだっていうのはあると思う。イメージが出来ずに自分で勝手に限界を作ってしまっていたんだと思う。

 

もう1つは、『失敗はしたけど挫折をする前に成し遂げられた』から。

さっき話した短大で編入について教授に聞きに行った時に、自分の行きたかった大学へストレートで編入出来た人は数えるくらいしか居ないと言われたんです。編入する為には何が必要なの?」と聞くと、GPA4.0をキープしろと。

正直「やっべぇー」と思ったんですけど、当時はそこへ編入すること以外考えられなかったので、必死で勉強しました。出来ることは何でもやりました。その結果、4.0をキープし、編入許可も頂きました。悩んだ末そこへは編入しませんでしたが、不合格だからではなく、合格した上で行かないという選択を取ることが出来たのは、今も大きなことだったと思っています。

とまあこんな感じで、最初から諦めてたことも多いけど、やれると思ったことは諦めることがなかったんです。これが『挫折』が思い浮かばない理由だと自分では思っています。」

 

「素晴らしい考え方です。。。見習わないとだめです。。。。

では、これまで生きてこられた中で、何か大事にしている信念みたいなものはございますか?」

 

「矛盾した2つの言葉を大事にしています。1つ目は、『なんとかなるじゃ、なんとかなる程度の人生にしかならない』ということ。これは、舞台をやっていた頃、元タカラジェンヌで一番お世話になった人から、将来について悩んでた時に言われた言葉です。これはずっと胸に刻んでますね。

 

もう一方は『準備は走りながらするもの』ということです。

これはポールアーデンっていうクリエイティブディレクターが言っていた言葉です。

つまり、100%準備をしようと思ったらキリがないので、多少不確定要素があっても走り出さないといけないと。

なので、この2つを合わせると、『準備は走りながらするけど、そのコンパスはちゃんと携えている』という感じかな。」

 

「なるほど、言わんとしていることすごいわかります!

では最後に、学生向けに何かメッセージをお願いできればなと。」

 

「こんなことを言える立場ではないですが、生意気を言うとすると、『いろんな人や社会の『正しさ』に飲み込まれないでください』ということです。

日常で得る「真実」や「常識」は実は誰かの、そのあなたの住む限られたセグメントでの、もっと言えば日本での「意見」にしか過ぎないことがあります。「意見」である以上、それは普遍的な正しさでは決してなく、良し悪しは人によって違うはずです。

それを判断する為にも「自分の正解や理想」を考えることが、納得の行く選択を導くのではないかと僕は思っています。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

*郷上さん オススメ書籍

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

*リョウさんの留学エッセイはこちら

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です