【インタビュー】どんな夢でも、諦めないで。

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今回インタビューさせていただいたのは、『ボディペイント』という分野でご活躍されている松浦様です!

大変気さくな方で、ボディペイントにかける強い想いをヒシヒシと感じました。

これからの時代、クリエイティヴな仕事は残っていくと言われていますが、松浦様がされておられるお仕事は、まさにその一例なのだと感じました。

美術系の道に進む際には、誰しも思い悩む場面があると思います。そういった方々に、何か力を与えられるような記事になっていれば幸いです。

(松:松浦様、筆:筆者)

 

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「それでは、松浦様のこれまでのご経歴の紹介からお願いたします。」

 

「母から言われたことによると、2歳年上の兄がいるんですけれども、兄はどちらかというと引っ込み思案な性格で、私はどんな時も前に立ってズンズンと進んで行くタイプだったそうです。(笑)

 

中学校ではバドミントンをやっていて、高校は何の部活にも入らず、授業終わったらバイトに行って、友達と遊ぶというような生活をしていました。

高校生の時、USJの年間パスが1万円を確か切っていたので、そのパスを買ってしまったら、どこに行くよりもUSJで遊ぶ方が安かったんです。だから、よくUSJに遊びにいってました。

すると、USJの中で『フェイスペイント』というものが行われていて、それを見た時に『あ、私もこれをやってみたい』と思うようになりました。

それが大きなきっかけで、高校卒業後は美容系の学校に進むことになりました。厳密に言うとヘアメイクの専門学校です。」

 

「ご両親から反対の声などはなかったんですか?」

 

「親からは『大学に行ってくれ』と言われてましたね。

ただ、したいことが既に決まっていたので、そこはもうゴリ押しで。。。(笑)

 

専門学校にいる頃は、USJのフェイスペイントの職種募集が行われていなかったので、ブライダルのヘアメイクのアルバイトをしていました。

で、その学校を卒業した後、USJのフェイスペイントの職種募集が始まったのですが、条件として英語ができなければいけなかったんです。

そのフェイスペイントのお仕事は、USJの中の1サービス、ということではなく、USJの中に出店していたアメリカのフェイスペイントの会社がやっていたからです。

アメリカの委託会社なので、そもそも英語ができなければいけないと。当時は英語ができなかったので、1回目の面接には落ちてしまいました。

 

落ちた後は、そのままヘアメイクのお仕事をしながら、1年間くらいそのフェイスペイントの会社に問い合わせを続けながら過ごしていました。

で、1年後くらいにもう1度面接を受けられるようになり、晴れてUSJの中にあるフェイスペイントの職種で働けるようになりました。」

 

「なるほど。ではもう英語の勉強も必死になってやられたわけですね。」

 

「そうですね(笑)本当にどこから始めたらいいかわからないくらいだったので、とにかく参考書などを買ってやってましたね。」

 

「なるほで。USJではどれくらいの間働かれていたんですか?」

 

「USJでは3年間働いていましたね。その間はずっとフェイスペイントに従事していました。

アメリカの会社だったので、長く働けば昇進するというシステムでは全くなくて、実力ですぐ上げてくれるような環境でしたね。私も勤務開始から半年が経った時点で、マネージャーになったりもしていたので。」

 

「まさに外資系企業の環境だったわけですね。

SJでの勤務を終えられた後は、どのような方向に進んでいったのですか?」

 

「実は、USJで働いているときも、単発でヘアメイクのお仕事も受けていたんです。USJをやめたときには、ある程度フェイスペイントについてのスキルを獲得できたと思っていたのですが、ヘアメイクのスキルをもっと専門的に学びたいという想いがありました。

その想いから、そこから3年間ヘアメイクのお仕事をするようになりました。その期間では逆に、フェイスペイントのお仕事を単発で受けていたりもしました。

その3年間が終わったとき、もう大丈夫だなという自信もついたので、両方の分野において完全にフリーランスとして活動していくことにしました。

そして3年くらい前に、自分のスタジオを設けることができました。」

 

 

「なるほど。夢に向かって戦略的にスキルを身につけてこられたわけですね。

では、松浦さんの将来の夢ってなんでしょうか?」

 

「フェイスペイントってまだまだ日本で馴染みがないじゃないですか。ハロウィンなどのイベントがあるときにはちらほらとっていう感じなので。

アメリカだと、誕生日パーティーのときにフェイスペインターを呼んだり、結構身近な存在なんですよ。

そういった感じで、日本でもフェイスペイントというものがもっと身近な存在になったらいいなと思いますね。」

 

「素敵です!フェイスペイントを施すだけで、気持ちがすごく高揚しますもんね!

では、次の質問で、これまでアーティストとして活動してこられたなかで、辛かった時期などはございましたか?」

 

「USJの最初の面接で落ちてしまって1年間働けなかった時期は辛かったですね。

USJで働き始めてからも、すごく辛い時期はありました。もともと絵を描くこと自体はあまり得意ではなかったのですが、その会社は本当に実力主義の環境だったので、上達しなければ即クビ。

そして、事務所にいくとそこは外国人さんだらけで。。。。ダブルパンチでしたね。(笑)

そしてその事務所で最初の2週間特訓があったんです。その期間は人形にひたすらフェイスペイントをして、すぐ消して。その繰り返しの毎日だったので、本当に悪夢でしたね。(笑)

どれだけ辛かったかというと、朝起きたら自分の顔がスポンジみたいな顔になっていた、みたいな夢を何度も見て。。。(笑)もう本当に辛かったです。(笑)」

 

「もう辛すぎます。。。(笑)

また違う質問をしますが、アーティストとして生きていくという決断は、日本にいるとなかなか難しいものだと思うんです。そんななかで、アーティストとして生きていくという意思決定ができた松浦さんには、何か信念みたいなものがあるのでしょうか?」

 

「昔USJに遊びに行ったときに、泣いてる男の子がいたんです。その泣いてる男の子が、顔にスパイダーマンのフェイスペイントをしたんです。

そしてその子が鏡を見た瞬間に、『僕はスパイダーマンになったから、お母さんを守る!』って言ったんですよ。

それを見たときに、『こんな短時間でここまで人を笑顔にできる仕事って絶対ないな』と思って、そこから、USJ以外の場所や、違う年齢層の方々にもフェイスペイントを広めていきたいという想いを持つようになったんです。」

 

 

「『もう私がやるしかないんだ』と。それは親御さんにもゴリ押ししますよね。(笑)

では最後に、美容系の道に進みたいと思っている子達に対して何かメッセージをお願いできたらと。」

 

「そうですね、何かやりたいことがあるのであれば、諦めずに挑戦し続けることで、その夢は必ず叶います。努力さえ惜しまなければ必ず叶います。

そして、やりたいことは全てやっていった方が絶対にいいので、たくさん挑戦していってください!!」

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